家でも施設でも正解|介護の「本当の正解」を判断する基準を現役の社会福祉士が解説

在宅介護のリアル

「もう家では限界かもしれない。でも、本人は家にいたいと言う。」

訪問先で何度この言葉を聞いたかわかりません。現役の社会福祉士として20年、現役のケアマネジャーとして、そして介護事業所の所長としてご家族の相談を受けてきましたが、この問いに「正解」はないと感じています。

正確に言えば、正解はひとつではないのです。

私自身、祖父を在宅で支え、最後は施設で看取りました。専門職として冷静に判断できた場面もあれば、家族として迷い、後悔し、それでも「これでよかった」と思えた場面もあります。

この記事では、「家か施設か」で迷うご家族に向けて、制度上の判断軸だけでなく、現場で20年見続けてきた「本人らしさ」を中心にした判断のものさしをお伝えします。きれいごとではなく、私自身の祖父のケースを織り交ぜながら、プロと家族の視点が交差したリアルなところまで書きます。

正直に言うと、私も昔は「施設は最終手段」だと思っていた

働き始めた頃の私は、施設に入ることは最終手段で、あまり良くないことだと思っていました。だから相談に乗るときも、ギリギリまで在宅を推すような伝え方をしていたんです。

その考えが変わったのは、施設で過ごすある利用者さんの姿を見たときでした。ほかの利用者さんやスタッフと麻雀をしたり、おしゃべりをしたり。とてもいい笑顔で過ごしていたんです。在宅で一人暮らしをしていた頃には、見られなかった表情でした。ここで私は、施設の良さを学びました。

今の私は、「どちらが正解か」という見方そのものを手放しています。在宅にも施設にも、メリットとデメリットの両方がある。大事なのは、本人と家族がしっかり悩んで出した答えのほうです。だから私の役割は、正解を示すことではなく、悩みきれるだけの情報を渡すことだと思うようになりました。

「家か施設か」を迷うとき、何を基準に判断すればいいか

ご家族から「むむぶどうさん、うちの母はもう施設の方がいいですよね?」と聞かれるたびに、私はいったん立ち止まります。判断軸を整理しないまま結論を出すと、あとで必ず家族のなかにしこりが残るからです。

制度上の判断軸(要介護度・医療ニーズ・家族の状況)

まず押さえておきたい客観的な軸はこの3つです。

  • 要介護度と心身の状況:要介護3以上が特養(介護老人福祉施設)の新規入所の原則条件です(2015年改正以降)。要介護1・2でも認知症や家族の状況によっては「特例入所」が認められる場合があります。歩行・排泄・食事のどこまで自立しているかが目安です
  • 医療ニーズ:たんの吸引・経管栄養・胃ろう・在宅酸素など医療処置が必要になると、訪問看護で在宅継続できる場合と、医療体制が整った施設のほうが安心な場合があります
  • 家族の状況:主たる介護者の年齢・健康・仕事・同居家族の有無。とくに介護者が共倒れする兆しが出ている場合は、本人の希望と家族の限界を改めて天秤にかけ直す必要があります。家族が倒れれば在宅継続そのものが不可能になるため、結果として家族の限界が判断軸の前面に出る局面もあります

ここまでは制度と現場の定石です。厚生労働省の「在宅医療・介護連携推進事業」でも、医療と介護の体制が整えば在宅継続の可能性は広がるとされています。ただ、この3軸だけで結論を出すと、本人不在の決断になりがちだと現場では強く感じます。

見落とされやすい本当の判断軸=「本人らしさが続くか」

私が長年、家族会議の場でいちばん大事にしている問いはこれです。

「家でも施設でも、本人らしさが続くほうを選びましょう」

本人らしさとは、たとえばこういうことです。

  • 朝起きてコーヒーを淹れるのが日課だった人なら、その儀式が続くか
  • 近所の人と立ち話するのが楽しみだった人なら、その関係が切れないか
  • 自分で買い物を選ぶことに誇りを持っていた人なら、その自由が残るか

家に居続けても、本人らしさが奪われていく在宅介護は少なくありません。逆に、施設に入っても本人らしいリズムを守れるケースもあります。場所ではなく、「らしさ」が続くかどうかが本当の判断軸だと私は思っています。

ご家族が在宅介護で消耗しはじめている場合は、在宅介護で家族が消耗する原因と対処法も合わせて読んでみてください。

祖父の介護で見えた、プロと家族の判断の交差点

ここからは私自身の祖父のケースです。地域や時期はぼかしますが、起きたことは事実です。

祖父は80代で祖母(妻)を見送ったあと、一人暮らしを選びました。認知機能はしっかりしていましたが、膝が悪く、家のなかは段差だらけ。客観的に見れば「在宅は厳しい」住環境です。

それでも祖父は「家がいい」と譲りませんでした。

「自分で買い物」を続けるか、リスクで止めるか

80代後半から歩行が難しくなり、要支援1から要介護3まで状態は進みました。持病の進行もあり、外出は徐々に困難に。私は90代になった祖父に運転免許の返納を促しました。返納のあと、祖父は明らかにしょんぼりしていました。

そこで提案したのがシニアカー(介護保険上の正式名称は「電動車椅子ハンドル形」)のレンタルです。要介護2以上が原則レンタル対象で、祖父はこの時点で要介護2に上がっており制度上自然な利用でした。

正直、プロのケアマネとしては転倒リスクが頭をよぎりました。段差・坂道・交通量、止めるならいくらでも理由はあります。

でも家族としての私は、止めたくなかった。

祖父にとって「自分で店に行き、自分で野菜を選び、自分で会計をする」ことは、生活ではなく、生きていることそのものだったからです。

結局、祖父は最後の最後まで、自分で買い物に行くことを続けました。

プロとしてリスクを最小化する判断と、家族として尊厳を最優先する判断は、しばしばぶつかります。正解は一つではなく、本人がどう生きたいかでしか決まらない、と思い知らされた場面でした。

訪問介護とデイサービスをどう組み合わせるかは、状態と本人の希望で大きく変わります。具体的な使い分けは訪問介護とデイサービスの違いと選び方で解説しています。

体調急変の発見場面で、プロは冷静、家族はそうはいかない

ある日、私は担当者会議のために祖父宅を訪問しました。

ドアを開けると、祖父は動けなくなっていました。

ケアマネとしての私は、淡々と動きました。バイタルを確認し、救急要請し、状況をヘルパー事業所と訪問看護に共有しました。手順は身についています。

でも、救急車を待つ数分のあいだ、家族としての私は止まりません。

「もっと早く気づけたんじゃないか」
「昨日のヘルパーから何か兆しの報告はなかったか」
「私が訪問頻度を増やしていれば」

プロの自分は「在宅介護の急変は誰のせいでもない」とわかっています。でも家族の自分は、自責の気持ちから逃げられませんでした。

急変は突然で、誰にも防げないことが多い。それでも家族は自分を責めます。だからこそ、急変時の判断フロー(どこに連絡するか・どの病院に運ぶか・延命の希望はあるか)を、動けているうちに家族で決めておくことが本当に大切です。

施設入所の決断にプロと家族の両方の正解性

祖父はそのまま救急搬送され、療養を経て、自宅復帰は難しいと判断されました。施設に入り、最終的に施設で看取りとなりました。

施設入所が決まったとき、プロとしての私はこう思いました。

「もっと早く施設でも良かったのかもしれない」

段差だらけの家、転倒の繰り返し、ヘルパーの負担、急変リスク。専門職の目線では、もっと早い段階で施設へ移すのが「合理的」だったかもしれません。

でも家族としての私は、こう思っています。

「段差だらけでも家を望んだ祖父の希望を、ギリギリまで叶えられた」

シニアカーで買い物に行く祖父の後ろ姿は、施設では絶対に見られない景色でした。あの数年があったから、祖父は最後まで「自分の人生を生きた」と言えると思います。

プロの後悔と家族の納得は、矛盾しません。両方ともが本当のことです。

施設の種類で迷っている方は特養・老健・有料老人ホームの違いを徹底比較も参考にしてください。

プロ目線でできて、家族目線では難しいこと(その逆も)

20年の現場経験と祖父のケースから整理すると、両者の役割はこんなふうに分かれます。

プロ(ケアマネ・社会福祉士)が得意なこと

  • 制度・サービスを過不足なく組み合わせる
  • 体調変化を冷静に観察し、次の手を判断する
  • 急変時に手順どおり動く
  • 家族間で意見が割れたとき、第三者として整理する

家族にしかできないこと

  • 本人の「らしさ」を知っている
  • 何十年分の人生の文脈を知っている
  • 「これは本人が喜ぶ」「これは本人が嫌がる」と直感で判断できる
  • 最期の瞬間に手を握れる

だから家か施設かは、プロだけでも家族だけでも決めるべきではありません。ケアマネに「らしさ」を共有し、家族に「制度の選択肢」を共有し、両者の交差点で決めるのが、後悔の少ない判断です。

判断能力が落ちてきた本人の意思決定支援については、現役の保佐人としても関わる立場から成年後見制度の使いどころガイドで整理しています。

家族が後悔しないための4つの準備

「家か施設か」で迷う前に、できればやっておいてほしい準備が4つあります。

① ケアマネと「本人らしさ」を共有しておく

サービス調整会議で語られるのは、たいてい「ADL(日常生活動作)」と「サービス頻度」です。でも私がいちばん知りたいのは、本人の生活史です。

  • 何の仕事をしていたか
  • どんな趣味があったか
  • 何を食べるのが好きだったか
  • 何にプライドを持って生きてきたか

ケアマネに「うちの父はこういう人なんです」と話す時間を、ぜひ意識して作ってください。アセスメントの一行に書かれた「らしさ」が、サービス内容を大きく変えます。

② 急変時の判断フローを家族で決めておく

祖父のケースで私が痛感したのが、これです。

  • どこに第一報を入れるか(ケアマネ・かかりつけ医・救急)
  • 搬送先の希望はあるか
  • 心肺停止時の延命希望はあるか
  • 連絡を取るべき家族の優先順位

これらを動けているうちに家族会議で決めて紙に書いておくだけで、急変時のパニックと自責はかなり減ります。家族会議の進め方は親の介護を家族会議で決めるときの進め方も参考にしてください。

③ 施設入所の事前下見を「家にいられるうち」にしておく

施設選びを急変後にやると、ほぼ確実に後悔します。情報が少なく、時間もなく、本人の希望も聞けないからです。

まだ家にいられるうちに、複数の施設を見学してください。特養・老健・有料老人ホーム、グループホーム、サ高住。それぞれ雰囲気がまったく違います。本人を連れて行ければベストですが、難しければ家族だけでも構いません。

④ 看取りの希望を本人とできるだけ話しておく

縁起でもないと避けられがちですが、「最期はどこで、どんなふうに」を本人と話せるのは元気なうちだけです。

厚生労働省も「人生会議(ACP:アドバンス・ケア・プランニング)」として、もしものときに備えて本人の価値観や希望を家族・医療介護関係者と話し合っておく取り組みを推進しています(厚生労働省「人生会議してみませんか」普及啓発ページ)。話したくないテーマほど、早めに切り出すしかありません。

まとめ|家でも施設でも、本人らしさが続けば正解

20年の現場と、祖父の介護を経て、私がたどり着いた結論はシンプルです。

最期は家でも施設でも、本人らしさが続けば正解。

家にいることが正解でも、施設に入ることが正解でもありません。本人が「自分の人生を生きている」と感じられる選択ができていれば、それが正解です。

そして、ご家族へ。

完璧な判断はありません。私自身、祖父の介護でいくつもの「もっとこうできたんじゃ」を抱えています。でも、シニアカーで買い物に行く祖父の後ろ姿は、間違いなく祖父らしい姿でした。

プロとしての後悔と、家族としての納得は、両立します。矛盾したまま抱えていい。それが介護の現場で20年見続けてきた、私の本音です。

迷ったときは、ぜひお近くの地域包括支援センターやケアマネジャーに、「本人らしさをどう守るか」という視点で相談してみてください。制度の話よりも、ずっと本質的な話ができるはずです。


【この記事を書いた人】
むむぶどう🍇
現役の社会福祉士20年。現役のケアマネジャーとして、また介護事業所の所長として、現場でご家族・ご本人と向き合い続けています。現役の保佐人として、判断能力が落ちた方の意思決定支援にも携わる立場から、制度と現場のリアルをつなぐ発信をしています。
note・WordPress・Xで、「教科書には載らない現場の正解」を綴っています。

【参考】
・厚生労働省「在宅医療・介護連携推進事業」https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000061944.html
・厚生労働省「人生会議(ACP)してみませんか」https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_02783.html
・厚生労働省「看取り」関連資料https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000196318.html

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