退院の日が近づいてきて、家の中に手すりが要りそう。歩くのが不安になってきたから、シルバーカーでも買ってあげようか。親の介護が始まると、まずこういう「物」の準備から考え始めませんか?
先に結論をお伝えします。福祉用具や手すりは、買う前・つける前に、ひと言だけ相談してください。それだけで、20万円の助成枠をもらい損ねる損と、転倒のリスクの両方を防げます。
私は社会福祉士として福祉の現場に20年。現在はケアマネジャーとして、歩行器やシルバーカー、手すりについてご家族から相談を受け、説明する側にいます。この記事では、その立場から「買う前に知っておいてほしい制度の入口」だけを絞ってお伝えします。
買う前の「ひと言相談」で、何を防げるの?
防げる損は大きく2つです。
- お金の損: 介護認定を受けていれば、手すりの取り付け工事に20万円までの助成枠が使えます。ところが先につけてしまうと、原則1円も出ません
- 体の損: 良かれと思って買った用具が体に合わず、かえって転倒のリスクを上げてしまうことがあります
どちらも、購入前・工事前のひと言相談で防げるものなんです。相談先を先に言ってしまうと、介護認定がある方はケアマネジャー、まだ何もない方は地域包括支援センターです。詳しい相談先マップは後半でお伝えします。
まずは、現場でよく出会う失敗パターンを2つ見てください。
失敗パターン1: 手すりを「先に」つけてしまう
1番もったいないパターンがこれです。
介護認定を受けている方が自宅に手すりを取り付ける場合、介護保険の「住宅改修」という制度が使えます。上限20万円分の工事費について、費用の9割(所得により8割・7割)が払い戻される制度です。根拠となる厚生労働省の告示にも、限度額は「二十万円」と明記されています。
ところが、この制度は工事の前に市区町村へ申請することが国の省令(介護保険法施行規則)で決まっている全国共通のルールです。様式や細かい流れは市区町村ごとに違います。つまり、親孝行のつもりで先に工務店へ頼んでしまうと、あとから申請しても、原則、助成は出ません。20万円の枠が、まるごと使えなくなってしまいます。
申請の様式や手続きの細かい流れは市区町村ごとに違います。「工事の前に相談・申請」だけを覚えて、具体的な手順はお住まいの市区町村の介護保険担当課か、ケアマネジャーに確認してください。
▶ 関連記事: 介護保険の住宅改修20万円|対象工事・申請の順番・注意点
お金だけじゃない。「素人取り付け」の手すりは危ないことも
もうひとつ、見落とされがちな損があります。取り付けの質です。
素人の感覚でつけると、手すりの太さ・取り付ける位置・高さをミスしていることもしばしばあります。握りにくい手すり、体重をかけたい場所にない手すりは、あっても使われません。使う本人の体の状態に合わせて位置を決める。ここに介護のプロが関わる意味があります。
あなたの実家の廊下、どこに手すりがあれば本人は助かると思いますか?その答えを素人が一人で出さなくていい、というのがこの制度の価値です。
「置くだけ」の手すりならレンタルという道もある
実は、工事をしない据え置き型の手すりは、介護保険のレンタル(福祉用具貸与)の対象です。工事を伴う手すりは住宅改修、置くだけの手すりはレンタル、と制度の入り口が分かれています。
この切り分けを家族が知らなくて当然なんです。だからこそ「手すりが要りそう」と思った時点で、ひと言相談してみませんか?工事か、レンタルか、そもそもどこに何が要るか。まとめてプロと考えられます。
失敗パターン2: シルバーカーをホームセンターで買ってしまう
2つ目は歩行まわりです。
歩くのが不安になってきた親のために、家族がホームセンターでシルバーカーを買ってあげる。よくある、優しさから始まるパターンです。ただ現場では、歩行器と似ているようで、歩行器より安定性が低いシルバーカーを購入してしまい、困っているケースによく出会います。
困る場面は具体的にこうです。
- 押している時に、少しの段差でガタつく
- 下りの坂道で、体が持って行かれてしまう
つまり、転倒のリスクが高くなる場面があるということです。
一方で、シルバーカーとよく似た「歩行器」は、介護認定があれば介護保険でレンタルできます。私がご家族に実際にお伝えしている説明は、こうです。
シルバーカーは保険が効かないので自費で購入するしかないですが、歩行器は介護認定があれば月に数百円ほどでレンタルできて、合わなくなったら変更したり返却したりできます。
※レンタル料は品目・負担割合・地域で変わります。「月に数百円ほど」はあくまで目安と考えてください。
シルバーカーが悪いわけではありません
誤解しないでほしいのですが、シルバーカーも歩行器も、それぞれいいところがあります。買い物カゴ代わりに使えて軽快なシルバーカーが合う方も、もちろんいます。どちらかを悪者にするつもりはありません。
そのうえで、体を預けて歩く場面が増えてきた方には、安定性の高い歩行器を勧めることが多いのも事実です。ポイントは「どちらが良いか」を家族だけで決めないこと。買う前にひと言相談すれば、本人の歩き方を見たうえでの提案を受けられます。
介護保険でレンタルできる福祉用具には何があるの?
ここからは制度の入口を整理します。まずレンタル(正式には「福祉用具貸与」)です。
介護保険でレンタルできる種目は、厚生労働省の告示で13種目と定められています。家族の目線で身近なものから並べると、こんなラインナップです。
- 手すり(工事を伴わない据え置き型)
- スロープ(工事を伴わないもの)
- 歩行器
- 歩行補助つえ(多点杖や松葉づえなど)
- 車いす・車いす付属品
- 特殊寝台(背上げなどができる介護用ベッド)・その付属品
- 床ずれ防止用具・体位変換器
- 認知症老人徘徊感知機器
- 移動用リフト(つり具の部分を除く)
- 自動排泄処理装置
※それぞれ「〇〇型に限る」などの細かい条件があります。また、要支援・要介護1の方は一部種目が原則対象外になるなど、介護度による制限もあります(後述のFAQ参照)。
レンタルの良さは、失敗パターン2の裏返しです。体の状態が変わったら、変更も返却もできる。介護は状態が動いていくものなので、「買って固定」より「借りて調整」が基本形になっている、と考えると分かりやすいと思います。
▶ 関連記事: 介護保険の福祉用具レンタル完全ガイド|対象品目・自己負担・使えないときの対処法
注意: いわゆる「T字杖」は介護保険の対象外
ここで、家族が1番驚くポイントをひとつ。皆さんが最初にイメージする一本杖(T字杖)は、介護保険のレンタルにも購入にも入っていません。対象になる「歩行補助つえ」は、多点杖や松葉づえ、クラッチ類に限られています。
「杖くらい保険で借りられるでしょ」と思っていませんでしたか?この線引きこそ、買う前に相談してほしい理由のひとつです。
「買うタイプ」の福祉用具もあるの?
あります。ポータブルトイレや入浴用のいすなど、肌に直接触れるものや再利用しにくいものは、レンタルではなく購入(特定福祉用具販売)の対象です。現行の告示では9種目が定められています。
購入の制度は、ざっくり3点だけ押さえてください。
1. 年間10万円の枠(原則)の範囲で、費用の9割(所得により8割・7割)が払い戻されます。枠は毎年4月1日でリセットされます
2. 基本はいったん全額を支払い、あとから払い戻しを受ける流れです(申請には領収証などが必要。市区町村によっては立て替えを軽くする仕組みもあるので窓口で確認を)
3. ここが重要。市区町村の指定を受けた事業者から買わないと、払い戻しの対象になりません。ネット通販で自己判断で買うと、対象外になり得ます
3つ目は、失敗パターン2と同じ構図ですよね。「買うこと」自体はできても、「制度に乗ること」は買う前の段階で決まってしまう。だから、買う前のひと言相談なんです。
2024年からは「借りる・買う」を選べる用具も
2024年4月からは、固定用のスロープ、一部の歩行器(車輪のない固定式・交互式)、多点杖などの歩行補助つえについて、レンタルか購入かを利用者が選べる仕組みも始まっています。長く使いそうで状態が安定しているなら購入、変化しそうならレンタルでメンテナンス・交換、という考え方を、専門職の意見も聞きながら選べます。
制度は数年ごとに動きます。細かい種目名を覚えるより、「借りる・買う・工事する、の3つの入口があり、入口選びはプロと一緒にやる」とだけ持ち帰ってください。
結局、誰に相談すればいい?(相談先マップ)
お待たせしました。相談先マップです。ご自身の状況に合わせて、上から順に見てください。
介護認定を受けている → ケアマネジャーが1番早い
すでに要支援・要介護の認定があり、担当のケアマネジャーがいるなら、ケアマネに電話一本が1番早いです。「手すりをつけたい」「歩くのが不安そう」のひと言で、制度の入口(レンタルか、購入か、住宅改修か)まで含めて動いてくれます。
▶ 関連記事: ケアマネジャーの選び方・変え方|「合わない」と感じた時の対処法
福祉用具の事業所に知り合いがいる → 直接連絡してもOK
過去に付き合いのある福祉用具の事業所があるなら、直接連絡しても構いません。ただし介護保険を使う以上、遅かれ早かれケアマネジャーとも情報共有していくことになります。並行してケアマネにもひと言入れておくとスムーズです。
認定も何もない、全く初めて → 地域包括支援センターが1番
「介護認定? 何それ?」という段階なら、お住まいの地域の「地域包括支援センター」が1番です。高齢者の相談をなんでも受け付ける公的な窓口で、相談は無料。介護認定の申請から福祉用具の話まで、入口として全部つながります。
▶ 関連記事: 地域包括支援センターとは?相談できること・使い方・探し方
▶ 関連記事: 介護保険の申請から要介護認定までの完全ガイド|流れ・必要書類・期間
買う前・つける前のチェックリスト
お店やカタログを見る前に、この4つだけ確認してみてください。
- 介護認定はある? → あるなら保険が使える可能性が高い。ないなら、まず地域包括支援センターへ
- それは「借りられる」物では? → 手すり・歩行器・介護用ベッドなどはレンタルの候補
- 工事を伴う? → 手すりの取り付けなどの工事は、申請が先、工事は後
- お金を払う前に、ひと言相談した? → ケアマネか地域包括に電話1本。これだけで上の3つが全部片づきます
よくある質問(FAQ)
Q. もう手すりの工事をしてしまいました。今からでも助成の申請はできますか?
制度の建て付けとしては「工事の前に申請」が原則です。ただし国の省令には、やむを得ない事情があると認められた場合に工事後の提出が認められる余地も置かれています。認めるかどうかは市区町村の判断なので、あきらめる前にお住まいの市区町村の介護保険担当課に事情を伝えて相談してください。そして、これから2か所目の手すりを考えているなら、次こそ工事の前に申請を。
Q. 要介護1だと、介護用ベッド(特殊寝台)は借りられないと聞きました
原則としては対象外ですが、例外の道があります。体の状態(起き上がりや寝返りが日常的に困難など)や医師の判断によって、例外的にレンタルできる仕組みが用意されています。判断にはケアマネジャーや医師、市区町村が関わるので、家族だけで結論を出さず、まずケアマネに「ベッドが必要そう」と伝えてください。
Q. シルバーカーをもう買ってしまいました。買い替えるべきですか?
慌てなくて大丈夫です。シルバーカーが合っていて、安全に使えているなら、それは良い買い物です。気になるのは、段差でガタつく・坂道で怖い、といったサインが出ている場合。その時は今の歩き方に合っているかをケアマネや地域包括に相談してみてください。歩行器のレンタルを試す、という選択肢も含めて一緒に考えられます。
Q. 相談したら、高い物を売りつけられませんか?
介護保険のレンタルは月額制で、合わなければ変更・返却ができます。購入も、必要理由を書類にして申請する仕組みです。つまり制度そのものが「売って終わり」を防ぐ作りになっています。それでも不安なら、特定の事業者に決める前の段階で、ケアマネや地域包括支援センターという「物を売らない相談先」に話すのが安心です。
まとめ: 持ち帰ってほしいのは「買う前にひと言」だけ
最後に、この記事の要点です。
- 手すりの工事は申請が先。先につけると20万円の助成枠が使えない
- 歩行まわりの用具は自費で買う前にレンタルの検討を。合わなければ変更・返却できる
- 相談先は、認定ありならケアマネ、初めてなら地域包括支援センター
制度の細かい名前は、忘れてしまって構いません。「福祉用具は、買う前・つける前にひと言相談」。この1行だけ、ご家族の合言葉にしてもらえませんか?
【この記事を書いた人】
むむぶどう。社会福祉士として福祉の現場に20年、現在はケアマネジャーとして働いています。
手すりや歩行器の相談は、介護が始まったご家族から最初に受けることが多い相談のひとつです。
「知らなかった」で損をする人を減らしたくて、制度の入口を家族目線で書いています。
参考資料(一次資料)
- 厚生労働省「福祉用具・住宅改修に関する告示・通知等」 https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_58897.html
- 厚生労働省「福祉用具・住宅改修」 https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000212398.html
- 福祉用具貸与の種目を定める告示(平成11年厚生省告示第93号・現行版) https://www.mhlw.go.jp/content/12300000/001506161.pdf
- 特定福祉用具販売の種目を定める告示(平成11年厚生省告示第94号・現行版) https://www.mhlw.go.jp/content/12300000/001506168.pdf
- 住宅改修の種類を定める告示(平成11年厚生省告示第95号・現行版) https://www.mhlw.go.jp/content/12300000/001506169.pdf
- 福祉用具購入費の支給限度基準額を定める告示(平成12年厚生省告示第34号・現行版) https://www.mhlw.go.jp/content/12300000/001506183.pdf
- 住宅改修費の支給限度基準額を定める告示(平成12年厚生省告示第35号・現行版) https://www.mhlw.go.jp/content/12300000/001506184.pdf
- 介護保険法(e-Gov法令検索) https://laws.e-gov.go.jp/law/409AC0000000123
- 介護保険法施行規則(e-Gov法令検索・住宅改修の事前申請と10万円枠のリセットの根拠) https://laws.e-gov.go.jp/law/411M50000100036
※制度の内容は2026年8月時点の告示・法令にもとづいています。限度額の上乗せや申請手続きなど、市区町村の条例・運用で変わる部分は、お住まいの市区町村の介護保険担当課にご確認ください。
この記事を書いた人
むむぶどう
社会福祉士・ケアマネジャー。社会福祉士として福祉の現場に20年、介護施設・在宅サービスでご本人とご家族の支援に関わってきました。福祉の制度を「使える形」にして届けたい、と思って発信しています。
▶ note(現場のリアル・体験談):https://note.com/mumubudou
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