面会に行ったら、親がオムツをしていた。入院する前は、自分で歩いてトイレに行っていたのに。
主治医からは「病気のほうは落ち着きました」と言われている。それなのに、退院の話になると「ご自宅は難しいかもしれませんね」と言われる。
結論を先にお伝えします。入院前の暮らしを、できるだけ早く、できればMSW(医療ソーシャルワーカー)に伝えてください。 家に帰れるかどうかを分けるのは、多くの場合、病気そのものではありません。入院中に落ちた生活機能と、それをどこまで戻す働きかけができたかです。
私は社会福祉士として福祉の現場に20年、そのうちの一時期を病院の連携室でMSWとして過ごしました。現在は介護支援専門員(ケアマネジャー)として20件ほどを担当しながら、高齢者の訪問介護や障害のある方の居宅介護・行動援護といった現場の介護にも入っています。病院から送り出す側と、退院してきた方を地域で受け取る側の両方から、この「入院前は歩けたのに」を見てきました。
この記事では、なぜそれが起きるのか、そして家族が誰に・いつ・何を伝えればいいのかを、手順に落としてお伝えします。
結論:入院前の暮らしを「早めに」「できればMSWに」伝える
いちばん持ち帰っていただきたいのは、次の3点です。
- 誰に……できればMSW(医療ソーシャルワーカー)。いなければ病棟の看護師、リハビリスタッフでもかまいません
- いつ……入院してすぐ。遅くとも「退院の話」が出るより前に
- 何を……入院前、家でどう暮らしていたか。トイレ、移動、食事、家の間取り、同居者、使っていたサービス
これだけです。費用はかかりませんし、時間も5分から10分あれば足ります。
なぜこれが効くのか。病院のスタッフは、目の前の患者さんの「今」しか見ていないからです。ベッドの上で点滴につながれている姿がスタートライン。そこに「この人は2週間前まで、庭の草むしりをしていました」という情報が入ると、目標地点が変わります。
なぜ「入院前は歩けた人」が、歩けなくなるのか
落ちるのは病気のせいだけではない
家族の多くは、歩けなくなった理由を病気そのものだと思っています。でも現場で見ていると、そうではないケースがかなりあります。落としているのは、入院という環境そのものです。
入院すると、こうなります。
- 治療のためベッドの上で過ごす時間が一気に増える
- 点滴やモニターにつながれ、自由に動きにくくなる
- 転倒すると骨折や頭部外傷につながるため、ひとりでの歩行は止められる
- 夜間は看護師の人数が限られ、ナースコールのたびにトイレへ付き添うのが難しい
その結果として、日中はベッド、夜間はオムツという組み合わせが生まれます。1週間、2週間と続くうちに、立ち上がる回数が減り、トイレまで歩く機会が消えていきます。
医学的には、こうして使わないことで体の機能が落ちていく状態を「廃用症候群」や「生活不活発病」と呼ぶことがあります。加齢による変化とは別に、動かない期間そのものが引き金になる、という考え方です。
これは病院を責める話ではない
ここは誤解のないように書きます。オムツ対応になるのは、病院が手を抜いているからではありません。
夜勤帯に何十人もの患者さんを数人で見ている状況で、ひとりの方をトイレまで往復させるのは、現実として簡単ではない。しかも転倒して骨折すれば、入院はさらに延び、本人がいちばん苦しみます。安全を優先した結果としてのオムツ対応、という場面を私は何度も見てきました。
だから、家族が病院に対して「なぜ歩かせてくれないんですか」と切り出しても、たいてい話は前に進みません。責める代わりに、材料を渡す。それがこの記事の提案です。
制度の側も「入院前よりADLが落ちる」ことを織り込んでいる
これは私の実感だけの話ではありません。診療報酬の「入退院支援加算」という仕組みでは、病院が退院支援に取り組むべき患者を見つけるための「退院困難な要因」が国の通知に列挙されています。その中に、次の項目が並んでいます。
ク 入院前に比べADLが低下し、退院後の生活様式の再編が必要であること(必要と推測されること。)
ケ 排泄に介助を要すること
(令和8年3月5日 保医発0305第6号 別添1「医科診療報酬点数表に関する事項」A246 入退院支援加算より)
ADLとは日常生活動作、つまり歩く・トイレに行く・着替えるといった毎日の動きのことです。
つまり、「入院して、入院前より動けなくなる」ことは制度の側も想定済みで、だからこそ早めに支援を始めなさいと決められている。あなたの家に起きたことは、特別な不運ではありません。
「家では無理」と家族が言うのは、今の姿しか見ていないから
MSWとして病院にいた頃、こんなやり取りを何度も聞きました。
本人「家に帰りたい」
家族「難しいから、施設の方がいいと思う」
このとき家族は、冷たいわけでも投げ出しているわけでもありません。面会のたびに見ているのが、オムツをして、ベッドから起き上がれない姿だからです。その姿を基準に「家では無理だ」と判断しているだけです。
そして本人は、入院前の自分を基準に「帰れる」と言っている。ふたりは同じ人を見ながら、違う時点の姿を見ています。
どちらが正しいかを決める必要はありません。必要なのは、「どうすれば安心して帰れるか」を一緒に探すことです。そのために、退院までの数週間で「今の姿」を動かせるかどうかが勝負になります。
MSW(医療ソーシャルワーカー)とはどんな人か
読者の方の中には、MSWという職種を初めて聞いた方も多いと思います。ここを知らないまま入院期間が終わってしまうのは、本当にもったいない。
病院の中と、地域の外の両方につながっている
MSWは、病院で働く相談員です。国家資格でいうと社会福祉士が多く、退院後の生活や、お金、制度の相談に応じます。
私の言葉で説明すると、こうなります。
MSWは病院内の連携も地域との連携も担うパイプ役でもあるから、退院後の生活がスムーズにスタートできるような橋渡し役です。
ポイントは「両方」というところです。医師や看護師は院内のことに強く、ケアマネジャーや介護サービス事業所は地域のことに強い。その両方に日常的につながっているのがMSWです。
だから家族が伝えた「入院前の暮らし」は、MSWに渡すと院内のリハビリや看護にも流れ、退院後のケアマネジャーにも流れます。1回話せば、2方向に届く。これが「できればMSWに」とお願いする理由です。
国の指針でも「入退院支援」はMSWの業務のうち
厚生労働省の「医療ソーシャルワーカー業務指針」は、令和8年3月13日に全部改正されました(医政発0313第4号)。そこでは業務の範囲として次のものが挙げられています。
- 意思決定支援
- 心理的・社会的課題解決への支援
- 入退院支援・療養支援
- 社会生活と治療の両立支援
- 受診・受療支援
- 経済的課題の把握と解決に向けた支援
- 組織内活動
- 地域・社会活動
最後の「地域・社会活動」には、原文でこう書かれています。
患者・家族等の多様なニーズに対応し、地域を支えるため、関係機関、関係職種等と連携及び協働し、地域共生社会の実現に向けた活動を行うこと。
院内だけでなく、地域の関係機関と連携することが業務として明記されている。 これが、MSWに伝えた情報が退院後のケアマネジャーにまで届く理由です。
「退院後の暮らしの相談に乗る」ことは、MSWの付き合いの良さではなく、本来の仕事だということです。遠慮する必要はありません。
さらにこの指針には、家族にとって心強い一文があります。
医療ソーシャルワーカーの業務については、入院・外来、在宅等の患者の居所を問わず、患者の傷病及び障害の状態に合わせて、包括的な視点を持ち、早期から患者に関する様々な情報等を収集し、適時適切に実践するものとする。
「早期から情報を収集する」ことが、国の指針に書かれている業務です。 つまり家族が早めに情報を渡すのは、MSWの仕事を邪魔することではなく、むしろ噛み合う行動だということになります。
ただし、MSWがいつ担当につくかは病院によって違う
ここは必ず押さえてください。ここを知らないと、存在しない窓口を探して時間を失います。
- 入院したらすぐに担当のMSWが決まる病院がある(私がいた病院はこの形でした)
- 一方で、退院調整が始まる頃になって初めて担当がつく病院もあります
つまり「入院初日にMSWを呼んでください」と言っても、その時点では担当がいない病院もある、ということです。
見つからないときは、次の順で探してみてください。
1. 病院内の看板を見る。「地域連携室」「医療相談室」「入退院支援センター」「患者総合支援センター」などの名前で置かれています
2. 入院時に渡された入院案内の冊子を開く。相談窓口の案内が載っていることが多いです
3. 病棟の看護師に「退院してからの生活のことを相談したいのですが、どなたに話せばいいですか」と聞く
3番目が結局いちばん早いことも多いです。相談員が見つからなければ、病棟の看護師やリハビリスタッフに伝えて構いません。 私がいた病院では定期的にカンファレンスで情報共有していたので、どのスタッフに話しても届く形になっていました。誰でもいいから、まず伝える。ここを止めないでください。
【手順】入院前の暮らしを伝える4ステップ
ここからが実際の手順です。私がMSWとして担当したケースで実際にやったことを、家族の立場に置き換えて並べます。
ステップ1:誰に伝えるか
第1候補はMSW。見つからなければ病棟の看護師、リハビリスタッフ(理学療法士・作業療法士)。この順で構いません。
大事なのは肩書きを当てることではなく、病棟の外側(リハビリ・退院支援)にも情報が届く人に渡すことです。誰に渡したかは、名前をメモしておいてください。次に病院へ行ったとき、話が早くなります。
ステップ2:いつ伝えるか
答えは「できるだけ早く」。理想は入院して数日以内です。
理由は、病院側の検討がすでに始まっているからです。先ほどの入退院支援加算の通知には、こう定められています。
- 入退院支援加算1を届け出た病院……原則として入院後3日以内に患者の状況を把握し、退院で困りそうな人を抽出する
- 入退院支援加算2を届け出た病院……原則として入院後7日以内に抽出する
- 加算1では、一般病棟などの場合、原則7日以内に患者・家族と退院後の生活を含めた話し合いを行い、入院後7日以内に退院支援計画の作成に着手する
もちろん、すべての病院がこの加算を届け出ているわけではありません。それでも押さえてほしいのは、病院側の検討は入院直後から始まっているという事実です。
その最初の検討に「この人は入院前、自分で歩いてトイレに行っていた」という情報が入っているかどうか。ここで差がつきます。退院の話が出てから伝えると、すでに方向が固まっていることが少なくありません。
ステップ3:何を伝えるか
「元気だったんです」だけでは、リハビリの目標になりません。具体的に、動作の単位で伝えます。紙に書いて渡すのがおすすめです。口頭だと流れますが、紙はカルテに挟まり、カンファレンスで共有されます。
伝える内容は次のとおりです。
- 排泄……トイレは自分で行けていたか。夜間はどうか。ポータブルトイレやパッドを使っていたか
- 移動……家の中は伝い歩きか杖か。外出はできていたか。手すりや段差の状況
- 食事……自分で食べていたか。刻みやとろみは使っていたか。調理は誰がしていたか
- 入浴・着替え……ひとりでできていたか。介助はどの部分だったか
- 家の造り……寝室からトイレまでの距離、階段の有無、和室か洋室かベッドか
- 同居者と日中の状況……誰が家にいるか。日中ひとりになる時間はあるか
- すでに使っていたサービス……デイサービス、訪問介護、福祉用具など。担当ケアマネジャーの名前と事業所名
- 本人の希望……本人が「家に帰りたい」と言っているかどうか
もうひとつ大事なことがあります。できていなかったことも、正直に伝えてください。 実態より良く伝えると、退院後に「聞いていた話と違う」となって、いちばん困るのは家に帰った本人と家族です。
なお、伝える内容を整理する考え方は、ショートステイの利用時とほぼ同じです。詳しくはこちらの記事にまとめています。
▶ 初めてのショートステイ|施設に伝えるべき5つのこと【実例つき】
ステップ4:できるようになった姿を、家族にも見てもらう
ここが、この記事でいちばんお伝えしたい部分です。
家族の「家では無理」は、説明では動きません。数字を出しても、パンフレットを見せてもです。動くのは、本人ができるようになった姿を、家族が自分の目で見たときでした。
だから、リハビリや排泄の練習が進んできたら、遠慮せずにこう頼んでみてください。
- 「リハビリの様子を一度見学させてもらえませんか」
- 「トイレでの動作を、面会のときに見せてもらえますか」
見学できるかどうかは、病院や時期によって違います。断られることもある。それでも、聞いてみる価値はあります。
実際にあった話:説得ではなく「姿」が家族を動かした
MSWとして病院にいた頃、担当した方の話です。
本人は「家に帰りたい」、家族は「難しいから施設のほうが」。理由をたずねると、家族が挙げたのは病気ではありませんでした。入院期間に歩けなくなったこと、そしてオムツ対応になったことがきっかけで、自分で排泄ができなくなっていたこと。この2つでした。
私がやったのは、次の順です。
1. 病院のリハビリスタッフに、入院前の自宅での生活を伝えた。そのうえで、入院前に近い状態に戻ることを目標にリハビリを依頼した
2. 退院が見え始めた頃、看護師に自宅での様子を伝えた。自分で排泄できるような支援をしてもらうよう依頼した
3. できるようになった姿を、家族にも見てもらった
4. 結果として、無事に自宅へ退院された
説得の言葉は、ほとんど使っていません。やったのは、情報を必要な人に渡すことと、変化を家族に見てもらう場を作ることだけです。
ここで正直に書いておきます。これは、うまくいった1つのケースです。 同じ手順を踏んでも、病気の性質や年齢、入院期間によっては、入院前の状態まで戻らないこともあります。戻らないほうが多い局面もあります。
それでも早めに伝える意味はあります。戻る可能性を最大限に試したうえで、それでも難しいと分かったなら、そこから施設を選んでも遅くありません。逆に、何も伝えないまま退院日が来ると、「家という選択肢を検討しないまま消える」ことになります。私が避けてほしいのは、こちらです。
注意点:ここを外すと、かえって話が進まなくなる
現場で見てきた「もったいない伝え方」を5つ挙げます。
- 病院を責める形で切り出さない……「なぜ歩かせないのか」ではなく「入院前はこうでした。近い状態に戻せる可能性はありますか」と、材料を渡す形にする
- 「必ず元に戻る」前提で話さない……病院側は断定できません。断定を求めると、かえって慎重な返事しか返ってこなくなります
- できていたことだけを盛らない……実態より良く伝えると、退院後に破綻します。困るのは自宅に帰った本人です
- 家族の中の反対意見を押し切らない……在宅介護を実際に担う人が納得していない状態で家に帰ると、その人が先に倒れます。話し合いの材料としての情報提供、と考えてください
- 口頭だけで終わらせない……紙1枚にまとめて渡す。A4用紙に箇条書きで十分です
家に帰るか施設かで家族の意見が割れているときの考え方は、こちらの記事にまとめています。
よくある質問
Q. 担当のケアマネジャーがすでにいる場合は、どうすればいいですか
まず担当ケアマネジャーに入院したことを連絡してください。ケアマネジャーが病院に情報を提供し、退院前のカンファレンスに参加する流れがあります。国の通知でも、退院支援計画に含める内容として「退院後の利用が予測される福祉サービスと担当者名」が挙げられています。病院と地域の担当者がつながることは、制度の前提です。家族からも並行して伝えて構いません。情報は重複しても害になりません。
Q. 介護保険をまだ申請していません。今から間に合いますか
入院中でも申請はできます。認定結果が出るまでには時間がかかるため、退院日が見えているなら早めに動いたほうがいい。手続きの流れはこちらにまとめています。
Q. 転院することになりました。伝えた内容は引き継がれますか
診療情報は引き継がれますが、暮らしの細かい情報がどこまで届くかは、病院ごとに差があります。転院先でも、同じ紙をもう一度渡すつもりでいてください。1枚コピーを取っておくと、そのまま使えます。
Q. 「もう施設しかない」と言われました
施設を選ぶことは負けではありません。在宅と施設に優劣はなく、本人と家族が納得して選べたかどうかが大事です。ただ、その結論に至る前に「入院前はこう暮らしていた」を伝えたかどうかは、確認してみてください。伝えたうえでの結論なら、それは十分に検討された結論です。
まとめ
要点を3つに絞ります。
- 退院を阻むのは、病気そのものより「入院中に落ちた生活機能」であることが多い。それは入院という環境で起きることであり、病院の怠慢ではない
- 家族ができるのは、入院前の暮らしを、できるだけ早く、できればMSWに伝えること。MSWは院内と地域の両方につながっているので、1回渡せば2方向に届く
- 家族の「家では無理」を動かすのは、説明ではなく、できるようになった姿。ただし必ず戻るとは限らないので、そのうえで選び直せばいい
面会の帰りに、A4用紙1枚でいいので書き出してみてください。トイレ、移動、食事、家の造り、同居者、使っていたサービス。それを次の面会日に、相談窓口へ持っていく。
たったそれだけで、退院後の行き先の選択肢が残ることがあります。
どちらが正しいかではなく、「どうすれば安心して帰れるか」を一緒に探す。答えはいつも一つじゃありません。
なお、退院支援の進め方や相談窓口の名称、リハビリの体制は医療機関によって異なります。個別の対応については、入院先の相談窓口または担当のケアマネジャーに必ずご確認ください。
参考文献・出典
- 厚生労働省「医療ソーシャルワーカー業務指針の全部改正について」(令和8年3月13日・医政発0313第4号/※平成14年11月29日付け健発第1129001号の旧通知は廃止) https://www.mhlw.go.jp/content/10800000/001673455.pdf
- 厚生労働省「診療報酬の算定方法の一部改正に伴う実施上の留意事項について」(令和8年3月5日 保医発0305第6号)別添1 医科診療報酬点数表に関する事項/A246 入退院支援加算 https://www.mhlw.go.jp/content/12400000/001732089.pdf
- 厚生労働省「令和8年度診療報酬改定について」 https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_67729.html
この記事を書いた人
むむぶどう
社会福祉士・ケアマネジャー。社会福祉士として福祉の現場に20年、病院の連携室での相談業務や介護施設・在宅サービスで、ご本人とご家族の支援に関わってきました。福祉の制度を「使える形」にして届けたい、と思って発信しています。
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