実家に帰るたび、家の空気が少しずつ変わっている気がする。介護保険を考え始めたのに、親はもう何年も病院に行っていない——。
結論から書きます。病院にかかっていない親でも、介護申請はできます。ただし「まず市役所で申請」の順番で動くと、高い確率で途中で止まります。要介護認定には主治医意見書という医師の書類が必要で、かかりつけ医がいない人はここで詰まるからです。
正解の順番はこうです。
- 地域包括支援センター(無料)に相談する
- 先に「医療との接点」を作る(外来が無理なら往診・訪問診療)
- その上で介護申請に進む
私は社会福祉士として福祉の現場に20年。地域包括支援センターにも長くいました。この記事では、包括職員として実際に関わった「医療接点ゼロの家」の実例をもとに、申請が止まる仕組みと、突破するための5ステップ、そして家が静かに沈んでいく10のサインを解説します。
なぜ一番深刻な家ほど、相談窓口に来ないのか?【実例】
介護の相談窓口に来る家は、まだ大丈夫な家です。一番深刻な家は、窓口に来ません。発見のきっかけが救急車になることがあります。
とあるお宅の話です。特定につながる情報は書けないため、輪郭だけお伝えします。
高齢の男性が「胸が苦しい」と自ら救急要請しました。駆けつけた救急隊が自宅の状況を見て警察へ連絡し、警察から地域包括支援センターに連絡が入りました。私は包括の職員として、その家に向かいました。
玄関を開けた瞬間、とてつもない異臭がして、入るのを一瞬ためらいました。家の中にはゴミと排泄物があちこちに散乱し、弱った犬がフラフラと歩いていました。
その家にいたのは、次の3人です。
- 認知症がかなり進んだ妻
- 妻の妹——認知症になった姉を心配して介護をしに同居したものの、足が悪くなり、逆に介護が必要な状態になっていた
- その2人を1人で介護していた、心臓の悪い夫
この状態は、おそらく2〜3年、もしかするともっと続いていました。民生委員も把握していませんでした。そして妻は、介護申請どころか医療との関わりが一切ありませんでした。
「だらしない家」ではなかった
誤解しないでほしいのは、この家が「だらしない家」ではなかったことです。むしろ教養のある、きちんとしたご家庭でした。だからこそ、この状況を周囲に知られたくなかった。誰にも頼らず、夫が1人で抱え続けた結果でした。
妹は姉を助けに来ただけ。夫は2人を守ろうとしただけ。誰も悪くないのに、家全体が沈んでいった。きちんとした家ほど、困りごとを隠します。プライドと責任感が、助けを遠ざけるのです。
その後、夫はそのまま入院。妻は往診で初診から診てくれる医師につながり、介護申請とショートステイの利用へ進みました(具体的な手順は後述します)。犬は、私たちが関わり始めてほどなく、自宅で亡くなっていました。
なぜ病院にかかっていないと、介護申請が止まるのか?
介護保険のサービスを使うには、市区町村に申請して要介護認定を受ける必要があります。この認定は、2つの材料で判定されます。
- 認定調査:調査員が本人を訪問し、心身の状態を聞き取り・確認する
- 主治医意見書:本人の主治医が、病気や心身の状態について書く書類
このうち主治医意見書が、医療接点ゼロの家の壁になります。
意見書は家族が用意するものではなく、申請を受けた市区町村が主治医に作成を依頼します。つまり申請書には「主治医は誰か」を書く欄があり、かかりつけ医がいないと、依頼する先がないのです。
かかりつけ医がいない場合はどうなる?
制度上は、主治医がいない場合、市区町村が指定する医師等の診察を受けて意見書を作成してもらう流れが用意されています(介護保険法にもとづく仕組みです。運用の詳細は市区町村により異なります)。
「じゃあ大丈夫では?」と思うかもしれません。実務では、ここでもう1つの壁が立ちはだかります。
本人が、診察を受けてくれないのです。
認知症が進んだ方は、自分が病気だという認識を持てないことが少なくありません。「どこも悪くないのに、なぜ病院に行くのか」と拒否する。家族が説得しても連れ出せない。指定医の診察も受けられない。ここで手続きが完全に止まり、家族だけが疲弊していきます。
なお、主治医意見書の作成費用は市区町村が負担するのが一般的で、本人・家族の自己負担は原則ありません(取り扱いは市区町村にご確認ください)。お金の心配で申請をためらう必要はない、ということは先にお伝えしておきます。
医療接点ゼロから介護申請までの5ステップとは?
先ほどの実例で実際にたどった流れをもとに、手順を5つに整理します。
ステップ1:地域包括支援センターに相談する(無料)
最初の窓口は市役所ではなく、地域包括支援センターをおすすめします。高齢者に関する総合相談窓口で、全国の市区町村に設置されており、相談は無料です。保健師・社会福祉士・主任ケアマネジャーといった専門職が配置されています。
- 探し方:「(親が住む市区町村名) 地域包括支援センター」で検索
- 管轄は親の住所地で決まります(あなたの住所地ではありません)
- 電話だけでも相談できます。離れて住んでいても大丈夫です
「病院にかかっていない」「本人が受診を嫌がる」という事情ごと、そのまま伝えてください。この相談は包括にとって珍しいケースではなく、対応の型を持っています。
ステップ2:医療との接点の作り方を決める
包括と一緒に、どうやって医師につなぐかを考えます。選択肢は大きく2つです。
- 外来受診:本人が受診に応じてくれる場合。「健康診断だと思って」など、本人が受け入れやすい形を包括と一緒に工夫します
- 往診・訪問診療:本人が外に出られない・受診を拒否する場合。医師に自宅へ来てもらう方法です
実例の妻のケースでは、外来受診は現実的ではありませんでした。そこで包括から、往診で初診から診てくれる医師に事情を説明し、すぐに自宅で診察してもらうことができました。病院の待合室に連れて行けなくても、医療とつながる道はあります。
初診から自宅で診てくれる医療機関がどこにあるかは、地域差が大きい部分です。ここは家族が電話帳と格闘するより、地域の医療事情を知っている包括に探してもらう方が早く確実です。
ステップ3:要介護認定を申請する
医師につながる道筋が見えたら、市区町村の窓口に要介護認定を申請します。
- 申請できるのは本人・家族のほか、地域包括支援センターなどによる申請代行も可能です
- 離れて住んでいて窓口に行けない場合も、代行の仕組みで進められます
- 申請には介護保険被保険者証(65歳以上の方に交付されているもの)などが必要です。見当たらなくても市区町村で手続きできるので、そこで止まらないでください
ステップ4:認定調査と主治医意見書
申請すると、2つが並行して進みます。
- 認定調査:調査員が自宅などを訪問し、本人の心身の状態を確認します
- 主治医意見書:市区町村がステップ2でつながった医師に作成を依頼します
結果は原則として申請から30日以内に通知されます(地域の状況により延びる場合があります)。要介護度(要支援1・2、要介護1〜5)が決まり、使えるサービスの範囲が定まります。
ステップ5:認定を待たずにサービスの調整を始める
「結果が出るまで1か月、何もできないのか」と思うかもしれません。そうではありません。
介護保険には、申請日にさかのぼってサービスを利用できる仕組みがあり、認定結果を待たずに暫定的なケアプランでサービスを使い始められる場合があります(想定より低い要介護度になった場合の自己負担リスクなど注意点があるため、必ずケアマネジャーや包括と相談して進めてください。運用は市区町村により異なります)。
実例のお宅でも、申請と同時にショートステイ(短期入所)の受け入れ先を探し、利用につなげました。夫が入院してしまい、在宅で待つ選択肢がなかったからです。緊急性が高い場合、包括はこのように「申請」と「当面の生活の確保」を同時に動かします。
5ステップまとめ
1. 地域包括支援センターに相談(無料・電話可)
2. 医療との接点の作り方を決める(外来 or 往診・訪問診療)
3. 要介護認定を申請(包括などの代行可)
4. 認定調査+主治医意見書(結果は原則30日以内)
5. 認定を待たずにサービス調整(暫定利用の仕組みあり)
親の家が「静かに沈んでいく」10のサインとは?
実例のお宅も、ある日突然ああなったわけではありません。2〜3年かけて、家の中にサインが積もっていきました。外から見えなかっただけです。
帰省したとき、電話したとき、次の10項目をチェックしてみてください。
- 1. 同じ話が増えた・会話が噛み合わない
- 2. 「大丈夫」「何もない」としか言わなくなった
- 3. 家に上げたがらなくなった(玄関先で済まそうとする)
- 4. 郵便物や新聞が溜まっている(重要な通知が未開封のまま)
- 5. 冷蔵庫に期限切れの食品や、同じ物ばかりが増えている
- 6. 部屋やトイレの臭いが以前と変わった
- 7. ゴミ出しができていない・家の中のゴミが増えた
- 8. ペットの世話が行き届かなくなった(毛玉・痩せ・臭い)
- 9. 通院や薬をやめていた(「もう治った」「行かなくていい」と言う)
- 10. 介護している側の親が、痩せた・疲れた顔をしている
注目してほしいのは、1〜3番が「隠すサイン」だという点です。実例のお宅がそうだったように、きちんとした家ほど、物より先に「見せない・言わない」が始まります。「大丈夫」という言葉は、安心の材料ではなく、むしろチェック項目の1つです。
目安として、3つ当てはまったら地域包括支援センターに電話してください。「まだ介護というほどでは」と感じる段階で構いません。むしろその段階が、選択肢が一番多い段階です。
介護申請と主治医意見書のよくある疑問は?【FAQ】
Q1. 親が「病院には行かない」と言い張ります。無理にでも連れて行くべき?
無理やり連れて行くのはおすすめしません。本人の不信感が強まり、その後の支援全体が難しくなることがあります。外来にこだわらず、往診・訪問診療で医師に来てもらう方法を包括に相談してください。実例の妻も、病院には一度も行かないまま、自宅での診察から介護申請につながりました。
Q2. 子どもの私は遠方に住んでいます。それでも相談できますか?
できます。相談先は親の住所地の地域包括支援センターで、電話での相談が可能です。「離れていて様子が分からない。一度見に行ってもらえないか」という相談の仕方もあります。
Q3. 相談や申請にお金はかかりますか?
地域包括支援センターへの相談は無料です。要介護認定の申請手続き自体にも費用はかからず、主治医意見書の作成費用も市区町村負担が一般的です(取り扱いは市区町村にご確認ください)。お金がかかり始めるのは実際にサービスを使ってからで、所得に応じて費用の1〜3割が自己負担の目安です。
Q4. 何年も前にかかった病院を「主治医」にできますか?
受診から年数が空いていると、現在の状態が分からず意見書を書けないと言われる場合があります。その場合も、あらためて受診し直す・別の医師につなぐなどの道があるので、包括に間に入ってもらってください。
Q5. 認定結果が出るまでの1か月、待つしかないのですか?
待つ必要はありません。ステップ5で書いたとおり、申請日にさかのぼって利用できる仕組みがあり、緊急性が高ければ暫定的にサービスを使い始められる場合があります(自己負担のリスクなどがあるため専門職と相談の上で。市区町村により運用が異なります)。
まとめ:「助けて」と言えるうちに、電話を1本
最後に要点だけ置いておきます。
- 病院にかかっていない親でも介護申請はできる。ただし先に医療との接点を作るのが正しい順番
- 本人が受診を拒否しても、往診・訪問診療という道がある
- 最初の窓口は親の住所地の地域包括支援センター。無料で、電話でよく、離れて住んでいてもいい
実例のお宅について、「あと1年早く誰かがつながっていたら」と今でも考えます。妻の認知症の進み方も、妹の足の状態も、犬のことも、その全てが違っていたと思います。
あの家は、助けを求めなかったのではなく、「助けて」と言う力を先に失っていったのだと私は思っています。助けを求めることにも、体力が要ります。
親の「大丈夫」を、大丈夫の証拠にしないでください。この記事を閉じたら、親が住む市区町村名と「地域包括支援センター」で検索してみてください。電話1本が、家が沈み切る前の入り口になります。
参考・出典
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この記事を書いた人
むむぶどう🍇
社会福祉士・ケアマネジャー。社会福祉士として福祉の現場に20年、介護施設・在宅サービスでご本人とご家族の支援に関わってきました。福祉の制度を「使える形」にして届けたい、と思って発信しています。
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