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親はT字杖を持っている。なのに家の中では杖を置いたまま、廊下の壁を伝って歩いている。「杖があるから大丈夫」と思いたい一方で、あの歩き方が頭から離れない——そんな帰省をしていませんか?
先に結論をお伝えします。T字杖でふらつく。無意識に壁を伝って歩く。この2つが出てきたら、多点杖や歩行器を「お試し」するサインです。 もうひとつ大事な線引きがあります。T字杖は介護保険の対象外ですが、多点杖・歩行器は要支援からレンタルでき、1割負担なら多点杖は月100円〜、歩行器は月100円台〜300円くらいが目安(地域や事業所、機種によって変わります)。
私は社会福祉士として福祉の現場に20年。現在はケアマネジャーとして、「まだ早い」で先送りにしたまま必要な時期を過ぎる。そういうことがないように、先手を取って用具を入れたいといつも思っています。この記事では、先手のサイン、T字杖と多点杖・歩行器の制度の違い、本人が「まだいらない」と言ったときの動き方、借りてから返すまでの流れをまとめます。
T字杖のままで大丈夫?先手を取るサインは2つ
現場で「たまにある」ケースがあります。T字杖でずっとがんばってきた方が、安定を欠いたまま歩いている。 多点杖や歩行器を入れたほうがいいのに、T字杖1本で踏ん張っている状態です。
私が見ているサインは2つです。

- サイン1: ふらついている。 たとえば立ち止まるとき、向きを変えるとき、杖を突いているのに体が揺れる
- サイン2: 無意識に壁を伝っている。 たとえば本人に「壁に手をついている」自覚がなく、廊下や部屋の中を、手が壁や家具を探しながら歩いている
2つ目は、家族のほうが先に気づきやすいサインです。本人には自覚がないことが多いサインです。だからこそ、たまに帰る家族の目が役に立ちます。前回の帰省と比べて、親の手はどこにありますか?
ひとつだけ注意があります。ふらつきが最近急に出た、急に強くなった場合は、道具の前に体の変化が隠れていることがあります。まず主治医に伝えてください。
なぜ「先手」なのか。理由はひとつ。用具は、入れた日からしか役に立たない道具だから。「まだ早い」で先送りにしたまま、必要な時期を過ぎてしまう。そういうことがないように、先手を取って導入したいと、私はいつも思っています。だから私は、サインが見えたら、本人が困りきる前に「お試し」を提案するようにしています。
T字杖は介護保険で借りられない?多点杖・歩行器はどうなる?
ここに、意外と知られていない線引きがあります。家族が一番イメージする一本杖(T字杖)は、介護保険のレンタルにも購入補助にも入っていません。
介護保険のレンタル(正式には「福祉用具貸与」)の対象は、厚生労働省の告示で13種目に決まっています。その中の「歩行補助つえ」は、告示の言葉を借りると「松葉づえ、カナディアン・クラッチ、ロフストランド・クラッチ、プラットホームクラッチ及び多点杖に限る」。一本杖はこの列挙に入っていません。買うときの補助(特定福祉用具販売)の側にも入っていません。つまりT字杖は、介護保険では自分で買う道具です。
一方で、多点杖と歩行器は、どちらもレンタルの13種目に入っています。 しかも、介護度の軽い方から使える種目です。

- T字杖(一本杖): 介護保険の対象外。自費で購入する
- 多点杖: レンタル対象(歩行補助つえ)。要支援から使える
- 歩行器: レンタル対象。要支援から使える
「要支援から使える」の根拠も添えておきます。介護保険には、車いすや電動ベッド(特殊寝台)などを「要支援・要介護1の方は原則対象外」とする決まりがあります。ところが手すり・スロープ・歩行器・歩行補助つえの4種目は、この原則対象外のリストに入っていません。厚生労働省の資料でも、介護度が軽い方の利用が多い種目として整理されています。「うちは要支援だから」であきらめる必要はない、ということです。
もうひとつ、2024年4月からの変更があります。歩行器と多点杖などは、レンタルするか買うかを選べるようになりました(正式には、購入補助の対象種目に歩行器・歩行補助つえ・スロープが追加された形です)。どちらを選ぶかは、後のFAQで触れます。
話をT字杖に戻します。サインが出ていなくても、先ゴムがすり減っている、身長に対して高さが合っていない、というT字杖は買い替えの場面です。T字杖は介護保険の外なので、指定事業者を通す必要はなく、全額自費で買います。探す先の例です。
- 福祉用具の事業所の販売窓口 → ケアマネに「T字杖を買いたい」と伝えると、付き合いのある福祉用具事業所を紹介してくれ、専門相談員が本人に持ってもらって高さを合わせてくれることが多い
- 介護用品の通販(例えばフェニックス商事
)→ 遠方の親に送るときは、高さを調節できるものを
多点杖・歩行器は、この記事のとおりレンタルで試す順番です。
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多点杖のレンタル代は月いくら?
私の現場の実感では、多点杖のレンタル代は1割負担で月100円〜です。
ただし、前提が3つあります。
- 1割負担の場合の金額です(所得によっては2割・3割負担になります)
- レンタル価格は事業所ごとに違うため、地域や事業所、機種によって変わります
- あくまで私の担当地域での実感値です。正確な金額は、見積もりの段階で確認してください
それでも、月100円というケタ感は伝わりませんか?「保険が使えないT字杖」と「月100円〜で借りられる多点杖」。この対比を知っているだけで、次の一手を考えやすくなります。
本人が「まだそこまではいらないよ」と言ったら?
多点杖や歩行器を勧めると、家族と本人で反応が分かれます。家族は「いいね」。本人はイマイチ。 本人の口から出る言葉は、だいたい決まっています。
「まだそこまではいらないよ」
この言葉を、否定しないでください。杖1本で歩いてきた自負がある方にとって、多点杖や歩行器は「そこまで」の道具に見えます。正論で押し返しても、本人の中の「まだ」は動きません。
私が示すのは「お試し」という選択肢です。

1. 否定しない。「まだ大丈夫」という気持ちは、そのまま受け止める
2. 「試すだけ」を提案する。福祉用具の事業所によっては、契約の前に数日から数週間ほど、無料で機種を置いて試させてもらえます(制度ではなく事業所ごとのサービスなので、有無や期間は事業所によって違います)。合わなければ契約しなくてかまいません。「決める」話ではなく「試す」話にする
3. 合えば続ける、合わなければ返す。決めるのは、使ってみた後の本人
現場では、お試しを経て、そのままレンタルになるパターンが多いです。「入れるか入れないか」の二択にすると「いらない」が返ってきます。「試すか試さないか」の話にすると、お試しを経てそのままレンタルになるパターンが多いです。
それでも「いらない」が続くなら、押さないでください。第2弾で書いた「種まき」の動き方に切り替える場面です。
▶ 第2弾: 親が福祉用具を「まだ大丈夫」と断ったら?説得より効く”種まき”の考え方
多点杖と歩行器、どちらから試す?
先に言うと、「この人にはこれ」と家族が決めなくて大丈夫です。決めるのは、後の章で出てくる福祉用具の専門職と、実際に使う本人。ここでは、2つの道具の違いだけ押さえておきませんか?
- 多点杖: 先端が複数に分かれた杖。T字杖と同じ片手持ち。ただし先端が重く、地面に垂直に突く必要があるので慣れが要る。屋内の平らな床で力を発揮しやすく、手を離しても自立する
- 歩行器: 両手で体を支えながら進む道具。杖より支えが大きい分、廊下の幅や扉、段差など、使う場所の条件が出てくる
どちらが合うかは、ふらつきの出方、歩く場所(廊下の幅・段差・屋外に出るか)、本人の握力や姿勢で変わります。片手で使える多点杖から入るか、支えの大きい歩行器から入るか。そこは専門職が本人の歩き方を見て提案します。
歩行器のタイプ(軽い・車輪つき・屋内用と屋外用の違い)と、家族からよく出る質問への答えは、第4弾にまとめています。
▶ 第4弾: 歩行器はレンタルできる?月100円台からの選び方と、家族からよく出る4つの質問
家族がやることは、選ぶことではなく、サインを伝えることです。「壁を伝って歩いている」「杖を突いていてもふらつく」。この2つを、次の章の相談先にそのまま話してみませんか?
借りてから返すまでの流れは?
前提がひとつあります。介護保険のレンタルを使うには、原則として要介護認定(要支援を含む)を受けていることが前提です。ただし、申請中でも「暫定」で借り始められる場合があるので、急ぐときはその旨を地域包括支援センターやケアマネジャーに伝えてください(認定の結果によっては自費になる可能性も、説明を受けてください)。そのうえで、流れは第3弾・第4弾と同じ3ステップです。
1. 相談する
- 認定をすでに受けているなら → 担当のケアマネジャー(要支援の方は、地域包括支援センターの担当者)に「T字杖でふらついていて、家では壁を伝って歩いている」と伝えてください。サインをそのまま言葉にすれば、話が動き出します
- 認定をまだ受けていないなら → お住まいの地域の地域包括支援センターへ。認定の申請から一緒に考えてくれます。本人が同席しなくても、家族だけで相談できます
▶ 関連記事: 地域包括支援センターとは?相談できること・使い方・探し方
2. 福祉用具の専門職に自宅で見てもらう
ケアマネジャーを通じて、福祉用具貸与の事業所が自宅に来てくれます。来てくれるのは「福祉用具専門相談員」という資格を持つ担当者です。廊下の幅、段差、本人の歩き方を見て、多点杖か歩行器か、どの機種かを提案してくれます。カタログから家族が選ぶのではなく、プロが現物合わせをする流れです。
このとき、契約の前に重要事項の説明があります。月額だけでなく、故障や紛失のときの扱いもここに書かれているので、目を通しておいてください。
3. 試して、合わなければ変える・返す
「お試し」には2つの段階があります。1つ目は、契約の前に事業所のサービスとして無料で試させてもらえること(有無や期間は事業所ごとに違うので、相談のときに聞いてみてください)。2つ目は、契約したあとも月額レンタルなので、使ってみて合わなければ機種の変更も返却もできること。「一発で正解を選ばないといけない」買い物とは違います。
制度の入口全体(お金の話・買うタイプの用具・相談先の一覧)は、シリーズ第1弾にまとめています。立ち上がりがつらそうなら、工事のいらない手すりの話(第3弾)もあわせて読んでもらえますか?
▶ 第1弾: 福祉用具や手すりは買う前に誰に相談する?20万円の助成枠を逃さない「制度の入口」
▶ 第3弾: 手すりはレンタルできる?月100円台から借りられる「置き手すり」と壁工事の違い
よくある質問(FAQ)
Q. T字杖のままではダメですか?
ダメではありません。ふらつきも壁伝いもなく、T字杖で安定して歩けているなら、そのままで大丈夫です。この記事で書いているのは、サインが出たときの話です。サインが出ているのにT字杖1本で踏ん張り続けると、必要な時期を過ぎてしまいます。杖を替えるかどうかは、道具の問題ではなく、歩き方を見て決めることなんです。
Q. 本人が嫌がったら、無理にでも使わせたほうがいいですか?
無理には勧めません。嫌がる道具は使われず、部屋の隅に置かれるだけです。入り口は「試すだけ」「合わなければやめていい」にしてください。それでも嫌なら、いったん引いて、第2弾の「種まき」に切り替える。本人が「まだ」と言う気持ちと、家族が「先手」を取りたい気持ちは、お試しという形でなら両立できます。
Q. 要支援でも借りられますか?
借りられます。車いすや電動ベッドには「要支援・要介護1は原則対象外」の決まりがありますが、多点杖(歩行補助つえ)と歩行器はその外側です。介護度が軽い方の利用が多い4種目に入っています。要支援の方は、担当のケアマネジャーではなく地域包括支援センターの担当者が窓口になっていることが多いので、そちらに伝えてください。認定をまだ受けていない段階なら、まず地域包括支援センターに相談して、認定の申請から始めてください。
Q. 月100円なら、いっそ買ったほうが安くないですか?
2024年4月から、多点杖や歩行器は「借りる」と「買う」を選べるようになりました。ただし購入できる範囲には限定があります(歩行器は固定式・交互式のみ、つえは多点杖やクラッチ類のみ)。購入で補助を受けるには、介護保険の指定を受けた販売事業者から買うことが条件です(通販で自分で買うと対象外)。お金は原則いったん全額を払い、あとで7〜9割が戻る形で(市区町村によっては立て替え不要の仕組みもあります)、年10万円の枠があります。長く使う見通しが立ち、体の状態が安定しているなら、購入も選択肢です。ケアマネジャーには、レンタルと購入それぞれの利点と欠点を説明することが求められているので、迷ったら両方の説明を受けてください。
それでも私は、最初の1本・1台はレンタルで試すことをお勧めします。理由は2つ。合うかどうかは、使ってみないと分からないこと。体の状態が変われば、合う道具も変わること。買ってしまうと、合わなくなった杖が玄関に残ります。
まとめ: サインが見えたら、「お試し」で先手を取る
要点は4つです。
- 先手のサインは「ふらついている」「無意識に壁を伝っている」の2つ。家族のほうが気づきやすい
- T字杖は介護保険の対象外。多点杖・歩行器はレンタル対象で、要支援から使える
- 多点杖のレンタル代は1割負担で月100円〜が目安。ただし地域・事業所・機種で変わる
- 本人が「まだそこまではいらないよ」と言ったら、否定せず「試すだけ」を提案する。お試しからレンタルになるパターンが多い
親の手が壁を探し始めたら、それが動く合図。まずは担当のケアマネジャーか地域包括支援センターに、その光景をそのまま伝えてみませんか?
【この記事を書いた人】
むむぶどう🍇
社会福祉士として福祉の現場に20年、現在はケアマネジャーとして働いています。T字杖でがんばってきた方に多点杖や歩行器を勧めると、家族は「いいね」、本人は「まだそこまではいらないよ」。その間に立つたび、まず「お試し」から始める意味を感じます。先手を取る目安を、担当地域の外にも届けたくて、この記事を書きました。
参考資料(一次資料)
- 厚生労働省「福祉用具・住宅改修に関する告示・通知等」 https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_58897.html
- 厚生労働大臣が定める福祉用具貸与に係る福祉用具の種目(平成11年厚生省告示第93号・現行版) https://www.mhlw.go.jp/content/12300000/001506161.pdf
- 厚生労働大臣が定める特定福祉用具販売に係る特定福祉用具の種目(平成11年厚生省告示第94号・現行版) https://www.mhlw.go.jp/content/12300000/001506168.pdf
- 老企第34号・現行版および令和6年改正通知(貸与と販売を選べる種目の範囲) https://www.mhlw.go.jp/content/12300000/001506170.pdf
- 介護保険最新情報Vol.1213(令和6年3月15日・貸与と販売の選択に関する説明義務) https://www.mhlw.go.jp/content/001227724.pdf
- 厚生労働省「介護保険制度における福祉用具貸与・販売種目のあり方検討会(第1回)資料2」 https://www.mhlw.go.jp/content/12300000/000921892.pdf
※レンタル価格は事業所ごとに異なり、負担割合・市区町村の運用によっても変わります。実際の金額や手続きは、担当のケアマネジャーまたはお住まいの市区町村の介護保険担当課にご確認ください。

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