「もし親が認知症になったら、預金はどうなる?」
「実家を売って施設費に充てたいけど、子の判断で動かせる?」
「家族信託って聞くけど、成年後見と何が違うの?」
調べるほど制度が複雑で、結局どっちを選べばいいのか分からなくなる——。
そんな声を、現場で毎週のように聞きます。
私は現役社会福祉士20年・現役ケアマネジャー、そして現役の保佐人として成年後見制度の現場にも立っています。
本記事では、家族信託と成年後見の違い・向いている家庭・現場で見た失敗パターンを、シンプルに整理します。
最初にお断りすると、どちらも法律が深く絡む領域です。最終判断は司法書士・弁護士など専門家へ。本記事は「全体像をつかむ地図」としてご活用ください。
なお、成年後見制度そのものをじっくり知りたい方は、先に成年後見制度の完全ガイドをご覧ください。本記事はその次の一歩として「家族信託という選択肢」と比較しながら読むのがおすすめです。
1. 親の財産管理で迷う場面とは
「本人しか動かせない」壁
日本の制度は「本人の財産は本人しか動かせない」が原則です。本人を守るための仕組みですが、認知症で判断力が落ちると一気に壁になります。
- 親の預金を施設費に充てたいのに、銀行が応じない
- 空き家になった実家を売れない
- 医療費・介護費の支払いが滞り始める
これがいわゆる「口座凍結・資産凍結」です。
動かせなくなる「前」か「後」か
- 判断力があるうちに準備する → 家族信託・任意後見
- 判断力が落ちてから使う → 法定後見
ここを混同して「家族信託にしよう」と決めても、親がすでに認知症だと家族信託は組めません。タイミングが最大の分かれ目です。
2. 家族信託とは
信頼できる家族に財産管理を託す契約
家族信託(民事信託)は、親(委託者)が子など信頼できる家族(受託者)に財産の管理・処分を任せる契約です。
契約しておけば、親が認知症になった後でも、子が契約の範囲内で実家を売ったり預金を動かしたりできます。
できること
- 不動産・預金の管理、施設費への充当
- 「親が亡くなった後の引き継ぎ先」も契約で指定可能(遺言代わりにも)
できないこと(誤解されがち)
- 身上監護(しんじょうかんご)はカバー外:施設入所契約・医療同意は信託の範囲外
- 契約に書いていないことはできない:作り込みが甘いと、いざという時に動けない
- 判断力が落ちた後は新たに契約できない
費用感
- 専門家への設計・契約書作成:30万〜100万円程度が一つの目安
- 公正証書化・登記費用は別途
初期費用は大きいが、ランニングは抑えやすいのが特徴です。
現場のひとこと 「家族信託で全部解決」と思っている方が多いですが、身上監護はカバーできません。施設契約や医療同意を誰がするかは、別途家族で決めておく必要があります。
3. 成年後見とは
大きく「法定後見」と「任意後見」の2つ
ここを混ぜると話がややこしくなるので、分けて説明します。
法定後見(判断力が落ちてから家裁が選任)
判断力低下の度合いで3類型に分かれます。
- 補助:判断力が「不十分」(軽度)
- 保佐:判断力が「著しく不十分」(中度)
- 後見:判断力が「欠けているのが通常」(重度)
私が現在、現役で担っているのは保佐の領域です。
任意後見(判断力があるうちに自分で決めておく)
「将来、判断力が落ちたらこの人に任せる」と公正証書で契約。判断力低下後、家裁が任意後見監督人を選任して発効します。
できること
- 預金・不動産の管理全般
- 身上監護(施設契約・医療費支払い)もカバー(家族信託にはない領域)
注意点(家族と衝突しがち)
- 家裁の監督下に置かれ、年1回の報告義務あり
- 「孫の入学祝い」「家族旅行」など家族の感覚での支出は通りにくい
- 原則本人が亡くなるまで続く(途中で止められない)
- 専門職後見人がつくと月2〜6万円程度の報酬が継続
成年後見制度の3類型(補助・保佐・後見)の違い、申立て手続き、専門職後見人の選任プロセスなどは成年後見制度の完全ガイドで詳しく解説しています。あわせてご覧ください。
4. 観点別で比較する
① 開始タイミング
- 家族信託・任意後見:判断力があるうちに契約(事後対応不可)
- 法定後見:判断力が落ちてから家裁に申立て(事後対応の最終手段)
② 費用感
- 家族信託:初期が大(数十万〜百万円超)/ランニング小
- 法定後見:申立て数万円/専門職がつくと月2〜6万円継続
③ 柔軟性
- 家族信託:契約で柔軟設計(家族の事情を反映しやすい)
- 後見系:本人の利益最優先で、家族都合の支出は制限
④ カバー範囲
- 家族信託:財産管理が中心。身上監護はカバー外
- 後見系:財産管理+身上監護も含む
⑤ 死後の効力
- 家族信託:契約で「次の承継先」まで指定可能
- 後見系:本人死亡で終了
現場のひとこと コストだけで選ぶと後悔します。家族信託は初期費用、後見は継続費用。家族の状況に合うかで判断してください。
5. 家族信託が向く家庭
- 親にまだ判断力があり、意思疎通がしっかりできる
- 不動産(特に実家)を持っていて、将来売却・賃貸の可能性がある
- 家族関係が良好で、受託者を任せられる子が明確にいる
- 後見の「家裁監督」「報酬継続」がしんどいと感じる
不動産がある家庭ほど、家族信託の検討価値は高いです。
6. 成年後見が向く家庭
- すでに親の判断力がかなり落ちている(家族信託は間に合わない)
- 財産が主に預貯金で、課題は「日常の支払い」「施設契約」
- 兄弟姉妹で意見が割れる可能性が高い(中立な第三者後見人で安全に)
- 身上監護が早急に必要
- 詐欺被害リスクがあり、取消権で守りたい
兄弟仲が微妙なご家庭ほど、家族信託の「受託者=特定の子」が他のきょうだいの不信を生むことがあります。あえて専門職後見人を入れた方が家族の絆を保てるケースもあります。
7. 両方使うケース(併用も可能)
家族信託と任意後見は併用できます。
- 不動産と一部預金 → 家族信託で長男に託す
- 施設契約・医療同意・残りの財産 → 任意後見で長女に任せる
役割分担で両制度の弱点をカバーできます。ただし契約設計が複雑になるため、家族信託に詳しい専門家への相談が必須です。
8. 始める前に考えること
① 誰に頼むか
- 家族信託 → 家族信託に詳しい司法書士・弁護士(経験数を必ず確認)
- 任意後見 → 公証役場+司法書士・弁護士
- 法定後見の申立て → 家庭裁判所/市区町村の権利擁護窓口
最初の入口としては、地域包括支援センターもおすすめです。
② 時間軸
- 家族信託:設計から契約まで2〜3か月
- 法定後見の申立て:申立てから選任まで1〜3か月程度
「急ぎたいから法定後見」と思っても、実は数か月かかります。動けるうちに動くのが最大の対策です。
9. 現場で見た失敗パターン(架空のケース)
ケースA:法定後見で家族が窮屈に
80代Aさん。長女が法定後見を申立て、専門職後見人が選任。
その後、孫の入学祝いを母の口座から出そうとしたら「本人の利益にあたらない」として認められず。お年玉も家族旅行も同様で「母のお金じゃないみたい」と家族から声が漏れた——というケース。
これは後見人の判断ミスではなく、法定後見の制度上、当然の対応です。
ケースB:家族信託で死後に揉めた
70代Bさん。実家と預金を長男に信託。Bさん死亡後、次男・長女が「信託に入っていない他の財産が少なすぎる」「契約の説明を受けていない」と異議。
家族信託は柔軟な反面、他のきょうだいへの説明と納得を抜くと火種になります。家族会議とセットが鉄則です。
ケースC:「もう少し早ければ」
70代後半で軽度の認知症と診断された直後、家族信託を検討するも、契約の意思確認が難しいと判断され断念。やむなく法定後見へ切り替え——というケース。
「まだ大丈夫」と思っているうちが、実はタイミングです。
現場のひとこと(保佐人として) 現役で保佐人を務めていますが、ご家族から「もっと早く知っていれば」という声を本当によく聞きます。 制度を比べる前に、まず親と話せるうちに話しておくこと。お金・実家・もしもの時の話を一度家族で共有するだけで、選べる選択肢は大きく変わります。 どの制度を選ぶにせよ、最終判断は必ず司法書士・弁護士・社会福祉士などの専門家にご相談ください。本記事はあくまで地図です。
まとめ
- 家族信託と成年後見は「どちらが優れているか」ではなく「家庭の状況にどちらが合うか」
- 判断力があるうち=家族信託・任意後見が選べる/落ちた後=法定後見しか選べない
- 不動産が多いなら家族信託、身上監護や中立性が必要なら後見、両方欲しいなら併用
- 最大の準備は「親と話せるうちに話しておく」こと
成年後見制度そのものについて、より詳しい申立て手順や費用、専門職後見人の実情を知りたい方は成年後見制度の完全ガイドもあわせてお読みください。
本記事と母艦ガイドを並べて読むことで、認知症対策の全体像が立体的に見えてきます。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
【この記事を書いた人】
むむぶどう🍇/現役社会福祉士20年・現役ケアマネジャー・FP3級/簿記3級・現役保佐人
高齢者福祉の現場で、認知症のご本人とご家族の支援を続けています。
成年後見制度(保佐)の現場にも立ち、財産管理・身上監護の両面でご家族の伴走を担っています。
当ブログでは、福祉現場のリアルを「家族が後悔しない選択」につながる形で発信しています。
参考にした制度根拠
- 信託法(法務省)
- 民法/任意後見契約に関する法律
- 最高裁判所「成年後見関係事件の概況」
※具体的な手続き・費用は、必ず最新の公的情報および専門家にご確認ください。
※本記事は一般的な情報提供であり、個別の判断は司法書士・弁護士・家庭裁判所窓口にご相談ください。


コメント